OKWAVE Guide 印刷用:119番ガイド!「電話したことある?」「近所で火事はあった?」「救急車・消防車の価格」|OKWAVE Guide[OKWAVE ガイド]
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11月9日は119番の日。119の語呂で消防庁が1987年に制定しました。また、秋の火災予防運動も11月に行われます。
火事QAhttps://okwave.jp/searchkeyword?word=%E7%81%AB%E4%BA%8B

【ステップ1】

A
あります。
子供の熱性けいれんで2回ほど。
その前に病院に行った時にけいれんが起きたら救急車呼んでくださいねと言われていたので躊躇なく電話しました。
A
3回くらいあります。
一度は火事で自分が最初の通報者だったようで後で散々その時の状況を説明させられました。

他の二つは救急車ですね。
一つは友人と自転車で土手を走っていた際に友人が土手から転げ落ちた時です。
頭から流血していたので動かないように指示し携帯で電話しました。

もう一つはつい最近ですが夜中にウォーキングする習慣がありますが、酔っ払って倒れたと思われる女性の高齢者が道に倒れていた時です。
やはり頭からかなりの出血がありました。
夜や早朝歩くと結構こういうのに出会いますよ。
泥酔した人が財布を握ったまま倒れていて警察を呼んだこともあります。

A
はい、何度かあります。救急のみですが。

ほとんどが今は亡き私の父が倒れた時や体調を崩した時ですが、自分がケガをした時にも2度ほどかけました。

一度目は冬場に車庫の雪下ろしをしようとして、梯子に上りかけたらその梯子が壊れてしまい、足場に胸を強打して立ち上がれなくなった時です。幸い、肋骨に異常はなかったのですが痛みは強烈でした。だから救急車を呼んだのですが。

二度目は朝食後に食器洗いをしていたら突然小皿が真っ二つに割れて、その片割れが私の右親指付け根に深々と突き刺さり、大出血した時です。何せ時間が時間だった(午前6時頃)ので、夜間急病センターは閉まってるし、普通の病院は開院前だし、仕方なく救急車を呼んで救急病院で5針ほど縫われました。

A
4回くらいあります。

1回目、引っ越し最中に荷物を持った拍子にギックリ腰になり、階段で1階に降りる事も出来なくなり、2階で身動き出来なくなり、119番で救急車を呼びました。

2回目、老齢の母親が家の前で転倒して顔面流血した時。

3回目、老齢の父親がインフルエンザで足腰が立たなくなり、一人では起こす事も出来ず病院に運ぶ事も出来ないので119番で救急車を呼びました。

4回目、3回目に救急車を呼んだ翌日、前の日に父親を持ち上げようとした無理が祟りギックリ腰が再発して歩く事も出来なくなり、運よく手元にあったスマホで119番で救急車を呼びました。

因みに、救急車で患者として運ばれたのは、5回くらいあります。

【ステップ2】

A
1、寝たばこ
2、ストーブで洗濯物干し
3、怪しげなアレ(子供の頃、スーパー全焼、原因よく知らんが、ライバルが火を付けたなんて噂も。当時は科学捜査なんてないもんね。結果、駅前2軒並んでたスーパーは1軒になって、オーナー一族はパチンコ屋やらGSやら・・・w)
A
最近、多いです。放火が・・・。10年以上前からです。物騒です。

実家(同敷地内に叔父の家からの出火、タバコの不始末)が。
すぐ近所なので・・・
大変でした。
A
ほんの20,30m先で、2回ありました。
ひとつは1軒家で、台所で油に火が入ったということで手がつけられず、ほぼ全焼。
そのうち更地になって、新しい家が建って違う人が引っ越してきました。
もうひとつはアパートで、これはタバコが原因で全焼でした。
ここは駐車場になりました。
A
中学生の頃、
住んでいたアパートから30mくらい離れたラーメン店が燃えました。

出火の原因は、コンロの種火の消し忘れで、
そばにあった油の入った容器が加熱され、
油が気化して燃えたそうです。

あと、上記のアパートの横にあった、
棕櫚の木が燃えていた(放火)。

小学校5年だったか6年のとき
近所の広場の公衆トイレが燃えた(放火)。
広場で遊んでいたら、
焦げ臭いにおいに気が付き、
一緒にいた友人たちと、
どこだ~といいながら探していたら、
トイレから火柱が立ち上がりました
(掃除用具入れに火種を放り込まれたらしい)。

【ステップ3】

A
解体屋で消防車を引き取った事がありましたが、確かタダで引き取ってやったんじゃないかな?当時は1台5千円とかもらってたはずだけど。
A
消防車も救急車も基本的には1台毎のオーダーメードなので価格はマチマチですが、おおよその相場としては消防車は 3000万円~ で、救急車は 1000万円~ といった所だそうです。

熊本市はQ&Aで価格を出してますね。
https://higomaru-call.jp/faq/CCFaqDetail.asp?id=590

基本的には自治体が購入しているので、各自治体の財務情報を調べればそれぞれの値段が分かると思います。

【ステップ4】

A
消防団員です
>なぜ煙草が原因だとわかるのですか?
はっきり言えばわかりません
あくまでも状況証拠からの推測です。
科学捜査のドラマとか好きで見ていますが、現場であんな調査は見たことありません。
新聞記事にしてもはっきり言い切っているものは見たことがありません
A
事情聴取や出火位置情報(灰皿付近、火元のないベッドの上、等)などでわかると思います。
技術的なことを言えば、燃えカスなどから原材料を割り出すこともできるのではないかと。
ただ、あれだけ放水したりして屋内グチャグチャになっても割り出せるものなんですかね・・・と
自分で回答しておいて疑問にかんじたりはしますね^^;
A
完全に燃え切ってしまうと分からないと思いますが、大抵は消火活動で燃え残る部分がありますので出火場所が特定できます。
その出火場所をさらに絞り込んでいき、考えられる原因を探ります。
たとえば台所が一番燃えていれば台所の火気が原因になるし、居間の隅でテレビの燃えかすがあればテレビが原因なのではないかと。

たばこの場合も同じように灰皿周辺が一番良く燃えているとか、灰皿が布団のそばにあると寝たばこが原因ではないかと予想し、後は化学分析すればそこそこ出てくるはずです。
化学分析での残留物検出は結構高精度で、石油などは燃え切ってしまいそうなものなのですが残留物でのチェックが出来るんですね。

ただ完全に燃え切ってしまうと分析も何もないと思います。

【ステップ5】

A
>>その度に場所が変わったりはしたのですか?

吉原が火事で焼けた時には、再建の期間に限り、吉原周辺の農家を借り切ったり、茶屋や料理屋を借り切ったりしての仮宅営業が認められました。
ところが物珍しさもあって、かえってこちらの方が人気が集まった。
日頃は郭の外へ一歩も出られぬ遊女たちも、馴染み客と散歩ができたりしたので仮宅気分を喜んだ。
仮宅での営業は、かたぐるしい仕来りも省略され、酒食の接待も簡略化されており、料金も安かったのでこちらの方が人気でした。

さらに幕末には吉原の仕来りもルーズとなり、仮宅のあとをそのまま遊女屋にするところも現れ、深川の岡場所は私娼とも公娼ともつかぬものになってしまいました。

A
防火上効果のある瓦屋根が許可されず、板葺き屋根だったからですね。
一旦火が出たら、木材ですからアッというまに燃え広がります。
それで、被害が大きくなったと言えると思います。

瓦屋根が許されなかったのは、一段下がった商売だという政府の見解を示すためです。
どんな大店(大きな遊女屋)でも、絶対に瓦を載せることは出来ませんでした。
板の屋根に防火桶を置き、道路にも置き、焼芋屋の煙にさえ気を立てるほど住民(?)は用心していたのですが、それでも火事は出ました。

場所は、変わりません。
これも政府の命令で、あの場所でしか営業出来ませんでしたので。

燃えてしまっても、今でいうバラックのようなものを建てて、間髪入れず営業を再開しました。
A
1。>>火事が多かったとは言え、何故そんなに何度も燃えたのでしょうか?

 明暦2年(1656年)10月、吉原が日本橋から移転を命じられた時、浅草寺裏の日本堤への移転に決り北町奉行・石谷貞清が図った便宜の中に「周辺の火事・祭への対応を免除する、という一条があります。
 周辺火事への対応免除は、逆に吉原で火事が発生した場合に周りから応援が得られず、吉原が全焼する場合が多かったという皮肉な結果をもたらした、と下記にあります。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%8E%9F%E9%81%8A%E5%BB%93

2。その度に場所が変わったりはしたのですか?

 いえ、日本堤からは変っていないと思います。

【ポイント】

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