更新日: 2011-07-23 17:19:06

冬春の観光名所こぼれ話 その三十八 夜明ダム

著者: 冬春

編集者: kumapis

閲覧数: 670

Okgn btn gudie info favorite

0

関連タグ:

はじめに

Photo by 冬春

 ダムって言うと、山奥に行かないとみれないもの。
 けど、国道沿いにその雄大な景色を称えているのならば、一見の価値があると思いませんか?

STEP1  夜明。

 『よあけ』と読むこの地名は筑後川上流部にあり、大分県と福岡県の県境にある場所である。
 夜明ダムは福岡県うきは市浮羽町三春地先と大分県日田市夜明地先に跨る、筑後川本川に建設された発電専用ダムである。
 筑後川水系は1913年(大正2年)の女子畑発電所建設以来筑後川(大山川)・玖珠川で水力発電所を建設していたが、戦後電力需要の拡大を見越して筑後川中流部の夜明地点にダム式発電所の建設を図った。
 1952年(昭和27年)より建設に着手し、2年という短期間で完成させた。
 ダムの型式は重力式コンクリートダム、高さは15.0mである。
 だが、ダム建設中の1953年(昭和28年)6月、梅雨前線の活発化によって筑後川流域は500mm以上の集中豪雨が降り注ぎ、流域は有史以来の大水害である昭和28年西日本水害を経験。
 この際にダム地点は上流からの激しい濁流に洗われていたが、遂に両岸の部分から越水・溢流し遂に決壊、ダム本体も全面決壊とは至らなかったが、設備の一部が破損・流出した。
 近代の日本におけるダム決壊事故の例は1868年(明治元年)の入鹿池決壊事故(入鹿切れ)によって941人が死亡した例と、この夜明ダムの他三例があるが(鉱滓ダムを除く)、これ以降のダム事業に大きな影響を与える事になる。
 また、ダム建設によって江戸時代より日田~大川間を結んだ筏運は途絶し、更に1676年に田代重栄によって建設された「筑後川四大取水堰」の一つである袋野堰が水没した。

 ダム地点は両岸に国道386号(福岡方面)と国道210号(久留米方面)が通過し、大分自動車道やJR九州の久大本線も通り福岡・佐賀・長崎と大分を結ぶ交通の要衝であり、山間部であるが交通量は多い。
 下流には保木公園があり、春には100本のサクラが咲き誇る花見スポットである。
 ダム湖はカヌー等に利用され、1966年の大分国体ではボート競技の会場となった。

まとめ

 夜明ダム

 筑後川水系筑後川

 左岸:福岡県うきは市浮羽町三春字袋野
 右岸:大分県日田市夜明字夜明関町

 重力式コンクリートダム

 九州電力 夜明発電所 出力12000kw

このガイドは役に立ちましたか?ガイドの著者にお礼を伝えよう!

Okgn btn gudie info thunks b

61

関連タグ:

当ガイドは作成日時点での情報です。ガイド内容の実施はご自身の責任の元、ご利用いただきますようお願いいたします。

このガイドを通報する

著者名:
冬春

福岡県に住む物書きのはしくれ