更新日: 2011-09-05 14:12:08

被災地に残る建物からの教訓

著者: psytex

編集者: psytex

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はじめに

Photo by psytex

8月に東北の東日本大震災の被災地を回ってみて、半年経つのに、まるで被災直後のようなガレキの山のままの姿に衝撃を受けました。
なぜ被災地は放置されているのか、政府は、自治体は、何をしているのか?
ガレキの山の中にポツンと残された住宅の共通点とは何か?
調査結果の分析から、これからの復興のための指針を探る。

STEP1

Photo by psytex

被災地の調査に向かう途中、石巻に入っても大した被害は見られず、
古い住宅の屋根の瓦がズレて補修していたり、電柱が曲がっているだけで、『ひょっとしたらテレビで見たような災害は、ごく一部なのではなかろうか』と思わせるものでした。
あるいは被災直後に世界中で話題になった、日本人の驚異の回復力で、すでに補修が終わったのか、とも思うほどの平穏無事さでした。

STEP2 あまりに拍子抜けして、『海岸沿いの道なら、被害状況が残って

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いるだろうか』と入った枝道で、驚くべきものを目にしました。
津波に押し流され、海水に浸かったまま放置されている住宅地でした。
今回の被害の特徴は、「津波が来たかどうかで天国と地獄」だと言えます。
それは上の写真を見ても分かるように、津波の高さが1階なら1階だけ廃墟、という風に、見事に切り分けられているのです。

STEP3

Photo by psytex

今回の被災地の中でも、3階建ての防災センターの上のアンテナに、
町長がつかまって助かったので有名になった、被害甚大な南三陸町に入っても、このガイドの「はじめに」の写真のように、広大なガレキの荒野が広がるばかりでした。
その中に、鉄筋コンクリートの公共建築がポツポツと残っているものの、木造や鉄骨造がほとんどの住宅は、ガレキの山に姿を変えていました。

ところが、その住宅地にも、ポツンと残っている家がありました。
私が別のガイドで提案(↓)した、壁式コンクリート造の住宅です。
http://okguide.okwave.jp/guides/43843
ここで取り上げた家は、どれも気仙沼の一軒の工務店が建てた、以前「RC-Z工法」と呼ばれた、廉価に壁式コンクリート造を建てられるFRP型枠を用いた工法によるものです(RC-Z工法のフランチャイズは国交省による法改正ショックにより倒産し、現在は「Gフォーム」と呼ばれる資材販売方式に変わっている)。

「はじめに」の写真の家は、屋上の手摺が流されている事から、2階建ての屋上を越える高さの津波に襲われていますが、躯体にはヒビ1つありません。
上の写真の家は、少し高台に建っていたおかげで、住人は屋上の手摺につかまって、流されずにすんだそうです(手前の木造住宅は基礎を残して押し流されています)。

もちろん見ての通り、窓ガラスは割れ中の家財は被害を受けていました。また、周囲の町が壊滅して生活もできず、住人は避難所暮らしです。
しかし、もしこうした住宅が連続して建っていれば、どうでしょうか?
さらに詳細に被害状況を調べる中で、重大なヒントが隠されていました。

STEP4 気仙沼に入っても、先の2軒と同じ工法で建てられた家が、

Photo by psytex

ガレキの山の中に残されていました。
この写真の右手が気仙沼港で、左奥の大きな船は、押し流されてきて残ったものです(さすがにぶつかったらこの家もどうなっていたか)。

この写真から、2つのヒントが得られます;
1.津波の来た正面(右)のガラスは割れているが、側面の窓は割れていない。
2.この壁式コンクリート造家の左の鉄骨造の家は、陰になって残っている。

STEP5

Photo by psytex

同じ工法で建てられた建物は、気仙沼港に面した海岸にもありました。
目の前が港ですが、商業地だったので周りの建物も鉄筋コンクリートであり、他の地域と違って被害は少なかったと思われます。
しかしここも2階を越す津波に襲われているのです。
ただ、この家は特に、両側の建物から少し引っ込んで建てられているので、1階の窓ガラスが1枚割れただけで済んでいます。

実は、ここまで挙げられた3軒の家は、よく見るとコンクリート打ちっ放しの外壁に、たくさんの擦れた痕があり、津波によって流された他の家屋が凶器となっている事が分かります。
上の建物は、「港に面している」「壁面が引っ込んでいる」といった条件により漂流物の直撃を受けず、窓ガラス1枚割れただけの被害で済んだのです。

STEP6

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ところで、建物は残ったものの、ここに挙げた「残った家」の住人は、
これらの家には住んでいません。
当時は避難所、今では仮設住宅かどこかの借り住まいにお住まいでしょう。
なぜなら、ガレキの撤去はしているものの、電気や水道などのインフラの復旧はされていないので生活できず、またこうした被災地での建設工事は、役所の許可がおりない状況なのです。

進んでいるのは、離れた高台に建てられているプレハブの仮設住宅(これは事前に自治体と契約していた大手ハウスメーカーが請けており、ここで取り上げた家を建てた地元工務店は指をくわえて見ているだけ)や、役所の仮庁舎の建設工事ばかりです。

被災地は、都市計画をやり直すまで建設許可はおりないとの事ですが、噂では、住宅地は高台に移転するとの事で、下手をすると、せっかく残ったこれらの住宅も、取り壊さねばならなくなるのです。

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ブータンに3年、ケニアに2年、ソロモン諸島に1年半など、アフリカ、アジア、南太平洋を中心に、のべ8年の海外暮らしをしました。
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