更新日: 2011-03-30 10:54:16

ざっくり浅井三姉妹、次女・初

著者: decoume

編集者: おばばばば

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はじめに

Photo by decoume

 浅井三姉妹の中で、一番安定した人生を送り、一番心が揺れ動いた女性です。スポットが当たることはあまりありませんが、浅井三姉妹を語る上で最も重要な人物です。

STEP1 ■夫は生涯唯一人

 17歳で、7歳年上の従兄の京極高次に嫁ぎます。二人の間に子どもは居ませんでしたが、高次の側室の子や、家臣の子どもを熱心に養育したと伝わっています。

 高次の死後は出家をし、常高院(じょうこういん)と号しました。出家名に夫の名の一文字を入れている所から、とても仲の良い夫婦だったことが伺えます。

STEP2 ■豊臣と徳川のスポークスマン

 姉の茶々が豊臣に、妹の江が徳川に嫁ぎ、姉妹が敵同士になってしまった際、初は両者の間に立ち、何とか和談を結ぼうと奔走します。大坂冬の陣では、尼姿で大砲が飛び交う中、姉と妹の舅・徳川家康の仲介をしました。

 大坂夏の陣で豊臣が滅亡し、姉の茶々、甥の秀頼が自害します。戦国の世は、負けた家は一族郎党皆殺しが常です。しかし、初は秀頼の娘、千代姫の助命を嘆願、見事成功を収めます。

STEP3 ■家族を深く愛した女性

 初自身に子どもは居ませんでしたが、姉の子、妹の子ども達を大変可愛がっていたそうです。

 豊臣と徳川の対立が顕著になった際、出家の身で戦場を駆け回ったのは、ただ仲の良い姉妹の為だけではありません。甥や姪、その子どもの為でもありました。

 浅井三姉妹は、父も母も義父も戦火で失っています。兄も伯父・織田信長の命により殺されました。これ以上、家族を失いたくないと考えていて、想像に硬くありません。

 考えていても、実際に動き、成果を上げたのは、初だけです。

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