更新日: 2011-06-09 18:37:04

八代目団十郎 自死の謎を探る

著者: めばる子

編集者: めばる子

閲覧数: 1170

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はじめに

Photo by Globalism Pictures

江戸時代末期、当代きっての美貌の人気役者、八代目市川団十郎。彼は32歳の若さで突然、謎の死を遂げました。

STEP1 ★凄まじい人気ぶり

八代目は、歴代団十郎とは異なるタイプの二枚目役者でした。その人気ぶり
は、現代の芸能界においても比較できる対象が見つからないほど。

当時の批評には【上品ななかに独特の色気があり、おっとりとした愛嬌が
身にそなわって、嫌味がなかった】(Wikipedia「八代目市川團十郎」の項
より引用)といいます。天性の華と気品を備え、『切られ与三』の与三郎、
『児雷也豪傑譚』の児雷也などで、新境地を開きました。

しかも独身を通した人なので、江戸の婦女子の熱狂ぶりは相当なもの。『助六』の
“水入り”のさい彼が浸かった天水桶の水を争って買い求めたとか、吐き捨てた
ツバを御殿女中たちが肌守りにした・・・など、さまざまな逸話が残っています。

ちなみに、水入りの水は(肌に塗ったら美しくなれる?)化粧水用としても
用いられたとか。

STEP2 ★壮絶な最期

自死の理由は、謎のまま。天保の改革で江戸追放になっていた父を尋ねて
江戸を発ち、名古屋で父とともに芝居に出たのち、大阪へ。旅館で「気分が悪い」
と言って寝所に引き揚げた翌朝、遺体で発見されました。死装束姿で、咽喉を
脇差で掻き切っての覚悟の死でした。

理由については諸説ありますが、以下のようなことが推察されています。
*大阪で急に興行を打つことになり、江戸の贔屓に顔向けできないと感じた。
*図らずも大坂の芝居に出ることになってしまい、江戸の座元への義理を立てた。
*父の妾との確執が重荷になっていた。
*もともと神経質な性格でありながら、父の莫大な借金を背負っていた。

いずれにせよ、当時の政治的・経済的な状況を調べると、彼の置かれた
状況が大きなプレッシャーを与えていたことは容易に想像できます。

STEP3 ★いまに生きる伝説

江戸後期、有名人が亡くなったとき、追悼のため描かれた錦絵を「死絵」
といいます。300種以上にもなる八代目の死絵のなかには、嘆き悲しむ
大勢のファンの姿まで描き込まれたものも残っています。

自死に至るまでの彼の生涯を、作家・杉本苑子氏は『傾く滝』という作品
で、豊かな想像力と圧倒的な筆力により、ドラマティックな悲恋の物語
として描いています。本当の理由なんてどうでもいい、杉本ストーリーで
納得したい、とさえ思うほどに。

そういった創作の題材に用いられるという意味では、実際の死を超えて
八代目はなお、現代に生きています。自死すらロマンになっている・・・まさに
“伝説のひと”なのです。

まとめ

最近(といっても2004年)、彼の“押隈(おしぐま)”が、
立命館大によって発見されました。毎日新聞の囲みには
「150年前の美貌 面影くっきり」との見出しがつけられ、
押隈の写真も掲載されました。記事によると、亡くなる
5年前のもので、現存最古だそうです。





参考:Wikipedia「八代目市川團十郎」の項
   毎日新聞(2004年12月1日付)
   読売新聞「江戸博 蔵めぐり」(2008年8月29日付)

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