更新日: 2010-09-25 02:46:14

冬春の観光名所こぼれ話 その二十四 岡城

著者: 冬春

編集者: 冬春

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はじめに

Photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)

 「荒城の月」作曲者の瀧廉太郎は、幼少期を竹田で過ごしており、この岡城にて曲のイメージを得たといわれている。
 だが、この城は荒城どころではなく、大軍を跳ね返した堅城だったのだ。

STEP1

 岡城の伝承によると、文治元年(1185年)に緒方惟義が源頼朝に追われた源義経を迎えるために築城したことが初めであるという。
 後に岡城と名付けられたこの城は戦国大名大友家の一族である志賀氏の居城となる。
 天正14年(1586年)、耳川の戦いで敗れ衰退した大友氏を滅ぼすべく、薩摩の島津氏が豊後府内に迫る快進撃を見せていた中、岡城のみは志賀親次の指揮のもと再三にわたり島津軍を撃退し、親次はその功績から豊臣秀吉より天正15年正月3日付けの褒状を受けている。
 後に大友家が豊臣秀吉の怒りを買って改易された後は、播磨国三木から中川秀成が移封され、入城後に3年がかりで大規模な修築を施し、本丸・二の丸・三の丸御殿・西の丸・櫓を造営し、重臣屋敷群に城下町まで整備された大規模城郭が完成する。
 だが、岩盤の台地の上に築かれたため、台風や地震、火事などの被害を多く受け、明治維新後、廃城令によって廃城とされ、明治4年(1871年)から翌年にかけて城内の建造物は全て破却され、現在残っているのは高く積み上げられた石垣のみである。

 これが、岡城の荒城のイメージとなったのである。
 なお、城址には廉太郎の銅像が遠方の山並みを眺められるところに建てられ、 大野川を挟んで岡城の下を走る国道502号の上り車線にはメロディ舗装がなされた区間があり、車が通過すると荒城の月のメロディが聞こえるようになっており、岡城からでもその音を聞くことが出来る。

まとめ

 岡城

 大分県竹田市大字岡

 8:30~17:00   (休業日)無休
 入園料300円

アクセス
 電車:JR豊後竹田駅から車約5分(約2km)
 車; 九州道熊本ICから約1時間20分 東九州道大分米良ICから国道10号・57号経由約1時間
 大分道日田ICから約1時間30分
 駐車場:無料

 問い合わせ先
 竹田市商工観光課   0974-63-1111
 竹田市観光協会   0974-63-2638

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福岡県に住む物書きのはしくれ