更新日: 2010-09-21 02:47:33

冬春の観光名所こぼれ話 その十一 日田豆田町

著者: 冬春

編集者: 冬春

閲覧数: 278

Okgn btn gudie info favorite

0

関連タグ:

はじめに

Photo by gtknj

 天領日田を象徴する豆田町。
 古い町並みが整然とかつ豪華なのはある事情があります。
 それは……

STEP1  大分県日田市豆田町。

 江戸時代の街並みを残す観光地である。
 商家の町並みが整然と残り、今でもその町には住民が住んで生活をしている。
 このような町ができあがったのは、天領という日田の歴史から語らねばならない。

 江戸時代が始まり、この日田が天領として選ばれたのも、幕府が外様大名の監視としての拠点を欲したからに他ならない。
 島原の乱の後には、九州にも譜代大名が配置されて監視を強めていたが、黒田・鍋島・細川・島津等の有力外様大名の監視に、筑後川上流部にある交通の要衝日田はうってつけだった。
 また、豊前・豊後に譜代大名が配置され、何か不穏の動きがあったら支援できる位置にあるというのも見逃す事ができない。
 必然的に、格も高く日田に置かれた代官は西国郡代と呼ばれ、西国九州の江戸幕府直轄領の民治を司る行政官であり代官であり、16万2千石を所轄する通常の代官より格上の郡代とされたのだった。

 こうして、大名ではなく幕府の直轄地となった事は商家にとって大きな福音となった。
 大名は江戸時代を通じて財政難を抱え、商家に無理難題を言う事になるのだが、幕府お膝元の日田ではそれを言う大名はおらず、日田の木材は筑後川を下って高値で取引されていた事から裕福な商家が台頭。
 後に掛屋や大名の御用達として活躍する九州金融の中心となり、日田金は諸大名に貸し出されたのである。
 また、場所柄から江戸・大阪・長崎との経済や文化の交流も多く、日田には文人墨客が訪れ賑わい、現在まで残る豆田町を作る事になった。

 豆田町の白壁の商家郡はこのような繁栄の歴史の上に成り立っているのである。

まとめ

 豆田町

 大分県日田市豆田町

 日田豆田~豆田町オフィシャルHP
 http://www.hita-mameda.jp/

このガイドは役に立ちましたか?ガイドの著者にお礼を伝えよう!

Okgn btn gudie info thunks b

32

関連タグ:

当ガイドは作成日時点での情報です。ガイド内容の実施はご自身の責任の元、ご利用いただきますようお願いいたします。

このガイドを通報する

著者名:
冬春

福岡県に住む物書きのはしくれ