更新日: 2011-05-06 07:55:51

あるけどとらない~いまどきの「責任」とは?

著者: しんのじ

編集者: しんのじ

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はじめに

Photo by familymwr

英語で、「responsibility(応答)」の意味がある「責任」は、袋小路にある日本社会の至るところで叫ばれています。

社会的に地位のある立場や、権限を持つ立場の人物が、カメラに向かって言い切るその姿には、意図的でないにしても、本来別の意味を持つ「義務」と混同している、滑稽さを感じざるを得ません。

責任は、「~しなければならない」というものではありません。既存のルールに則って、予定調和の結果に収める行為がいわゆる「義務」なのですが、そこには、選択の余地はありません。

社会のなかで、それぞれの立場にのしかかる出来事や要望に「応える」ために、権限を行使する際の選択の自由と同時に、責任があるのです。

STEP1 責任の所在

日本社会は、「責任がどこにあるか、見えにくい社会」と言われています。いじめと同様に、何かのきっかけに一人の人間に全てを覆いかぶせてしまう集団心理が赤裸々に表現される社会において、「私に責任があります」と発する言葉が、グループなり団体なり、構成する他のメンバーへの精神的負担を減らす効果は、世界のどの国よりも大きいといえます。

その効果が大きいが故に、言葉で責任の所在を明らかにするだけで、責任の取り方までは追及されないといった、いびつな物事の収め方が当たり前となっています。

STEP2 責任を果たす

社会では、自由を得る代価として、責任が必ずついてきます。自由とは、行動する上で「選択」できるということです。

例えば、その人物の発する言動が、影響を与える範囲が大きければ大きいほど、その自由度は高く、その責任は重くなります。能動的な場合には、「果たす」とはいいません。

「果たす」とは、その立場の人物が受け入れなければならない責務に応えることであり、受動的な意味を持ちます。「償い」とみる向きもありますが、この言葉には、「運が悪かった」といった自己弁護のニュアンスもあるでしょう。当然、悪化する状況を「やりぬく」ことが責任を果たすことではありません。
立場の持つ意味を理解して、ふるまうことが重要なのです。

責任は果たすものではありません。その立場にいる以上、責任はすべての言動についてくるものだからです。

STEP3 正しい情報

風評被害という造語が飛び交っています。インターネット上の情報に「怪しい」イメージを植え付ける意図があり、公共の団体や大手のマスコミのみ使っている印象があります。

本来、繊細な情報の発信源は、関連する情報が集まる立場の人物が明らかにすればよいのですが、知りたい人にダイレクトに伝わらないのが、いまの社会です。発する人の言動がもたらす影響への責任と、知りたい人が情報を自身の判断で取捨選択する責任、そして、両者の仲介を受け持つと自負するマスコミの「伝えるべき情報を伝える」責任がないがしろにされています。

発信する側が言う「正しい情報」と「事実」は、異なる場合がままあります。情報を操作する権限が、発信する側にあるからです。

まとめ

「責任能力の有無」とは、犯した罪を償う能力があるかどうかということですが、物事を進めていくうえでの責任能力にも言い換えることができるのではないでしょうか。

乱暴な例えですが、プロ野球の場合、大事な試合で滅多打ちに遭った投手を投げさせ続ける監督はいないですし、また、サッカーの場合、負け続ける監督は、例え数試合でも交代を余儀なくされます。

ビジネスの場合でも、成果が上がらなければ、メンバーの入れ替えにより、損失を最小限に抑える努力をします。

立場が持つ責任とは、応える能力です。無ければ、その地位にしがみつくものではありません。

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