更新日: 2010-09-11 14:07:26

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著者: ebmnbm

編集者: ebmnbm

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はじめに

最初に私はこれらの文章を目にしたときに非常な不快感を抱いた。これらの書面は先人たちの偉業を汚すものである。これらの文章のほとんどは功利主義の権化である。文学者たるもの、いかなるときにもその筆で金を稼ぐなどとは思ってはならない。文学者とは、あくまで万人に伝えることがあるときにだけ、その筆を下ろす。これは重要な文学の基礎である。この基礎を蔑ろにするものには、天罰が下るであろう。文学とは、全ての時代を通じて存在する尊いものである。文学、私はこの語を広義の意味にとっている、哲学しかり小説、戯曲、詩、鮮やかな色彩で描かれた科学書もその分類に入る。私の述べる基礎をしっかりと保持し、そこから跳躍せしめた者のみが、時代の開拓者となり、文明の、文化の偉大な改革者となるのである。
 

STEP1

 この書面は文学が何たるかを理解していない。そして功利主義、利己主義の悪しき風潮を世に広めようとしている。この点が最も非難に値する箇所である。しかし本性上、人間自体が欲にまみれているため、そのようなことを書くのも自然なのかもしれない。だが私は真理を渇望する狩人である。そこに慢心は無い。そこに自分の利益のみを考える精神は無い。万人に真理を訴えかけるものに、利己主義があってはならない。文学者たるもの、法以上の鎖のような倫理観を身にまとわねばならない。ゲーテが、「若きヴェルテルの悩み」の成功を機になぜ?書物を乱発しなかったのであろうか?彼の作品群は、その生きた歳月と比較して限りなく、少ない。成功後、幾年かの期間をおいて、彼は戯曲「イフィゲーニエ」を発表している。しかしその時の彼の作品に対する評判は散々なものであった。彼の作品は大衆には受け入れられず、彼の作品は難解と言われ、その書を理解するものはごく小数に限られた。もしゲーテが利己主義に生き、世を全うしたならば、彼の作品は今、残っていないだろう。彼は己の魂の趣くままにこの作品を書いた。そしてこの作品は後世の真摯な学者、文学者たちから賞賛を得たのである。「断崖と雲の上に坐を設け、あしたに己が巨人の氏族を呑みおおせし深遠に臨みて立つ、神々の黄金の如く輝くいとし子」この文章は「イフィゲーニエ」の最後で「運命の女神たち」によって歌われたものである。この文章中の象徴、いわゆるフロイトが「精神分析」で述べる象徴理論、を理解するためには深い洞察力が必要である。ゲーテの兄弟のほとんどは幼くして死に、唯一残った彼の妹も三十歳になる前に出産後突発性鬱病に罹り、そして死んだ。天才と称された彼の周りに常に死の暗幕が垂れ込め、彼を苦しめていたのである。その現実を彼は透徹した目で見、この詩句を描いたのである。天才の周りにつきまとう死神たち、その現実を彼は直視し、この詩句を歌ったに過ぎない。彼の作品中のいかなる部分に利己主義が存する、と言うのであろうか?私は少なくとも、彼を賞賛に値する人物と評する。
 宮沢賢治にしても、そうであろう。彼の「注文の多い料理店」が生前の唯一の刊行作品であることは周知の通りであるが、はっきり言って彼のような天才が世に認められず、その憂き目を味わったのは、その当時の凡人どもに見る目が無かっただけの話である。「人とは自分以上の人物を推しはかれない。」この言は、いつの世も通用する。時代の風潮に流され、慧眼を持たぬ人々にいくらすばらしい、卓越した作品を見せても無駄である。しからば、そこに何らの矛盾もない。そして宮沢賢治は多くの天才たちと運命を同じくし、彼の死後、彼の名声は次第に高まっていった。このような天才が、生前に数多のすばらしい作品を金のために書かなかったことは、至極当然である、と言える。

STEP2

 反対に夏目漱石の場合には少し事情が違う。彼の「坊ちゃん」はすばらしい色彩で描かれている。しかし「三四郎」、「我輩は猫である」は、所々に冗長な部分が多々見られる。彼の代表作と呼ばれる作品も真摯な文学者から見れば、それほど賞賛に値しない。彼は「私の個人主義、ほか」で自らの躁状態、インスピレーション時の様子を仔細に述べている。だが彼はそれにもかかわらず、功利主義に少し走ってしまった。その部分を除けば、彼の作品もすばらしい。しかし彼は所々で文学の基礎を逸し、自己の利益のために本を書いてしまったのである。「本とは自己の魂の趣くままに、描くものである。そこには情熱しかない。」この法則を夏目漱石は破ってしまったのである。このことは永遠に文学史上の汚名として、残ることであろう。このようなことを防ぐためにも、若き俊英たちに、文学の求道者たちに、文学とはいかなるものであるか?を、教えなければならないのである。
 ニーチェはその生涯で名声にも、名誉にも、金にも恵まれなかった。彼の「ツァラトゥストラ」は、世の民衆から嘲笑され、さっぱり意味が分からない、と言われた。しかし彼はその中で時に心理学者、時に詩人、時に哲学者となりながら様々なことを述べている。「人の性癖は、人間の全人格を貫く。」この言葉はツァラトゥストラの中で述べられている。そして彼のこの文章はドイツの繊細な精神医学者クレッチマーによって、引用され、現代医学の欲動構造の解明に役立っている。これは脳科学の部門にも影響を与えている。なぜなら欲動の基になる、本能的諸行為をつかさどる部位、脳幹は性癖の基、形而上学的に言えば、人が欲望を求める原因にもなっているからである。だが彼の生涯は、死後の名声とは正反対に、わずか五十歳で幕を閉じた。その最後の十年間は梅毒性脳疾患に罹り、精神病院で暗黒の時を過ごしたのである。
ショーペンハウアーはその著書「読書について」で、「本を読むこととは、先人たちの足跡を追うことに他ならない。本を読むことでは、いかなる偉大なる精神も誕生しない。巷に見られる哲学教授などもこの類である。彼らは博識であるが、自ら考えることを行なわないため、彼らの意見はことごとく現実的ではない。」と、述べている。なるほど本をたくさん読めば、知識はたくさん身につく。しかし知恵は身につかない。これは自明の理である。だが文学で金を稼ぐものにとって、これほど痛烈な自己批判は耳にしたくないはずである。この言葉はまるで本など読まなくてもいいが、考えることは行なわなければいけない、と言っているようにも聞こえる。だからこそ若き日のレッシングも、本を投げ捨て、こう述べたのである。「書物は人を博識にはするが、人間にするものではない。」しかしそこにこそ真理を追い求めるものの精神があるのである。真理に忠実なあまりに自己の利益を顧みる暇が無い。これこそが文学者の真髄であり、なおかつ本道なのである。彼の思想は、アインシュタインの「相対性理論」、シュレーディンガーの「波動方程式」にも影響を与えた。これらの理論は今の我々の生活に欠かせない日用品などにも応用されているものである。テレビやパソコンなどに、である。そしてこのことを鑑みたときに私たちは、自らの進むべき道を探求しなくてはならない。自己の利益より、真理を求める。その精神を。
 ロシアの偉大なる文学者トルストイはなぜ? 政府から強い圧力をかけられる中でその筆を持ち続けたのであろうか? 彼の書物は政府から禁書の烙印を押され、国内での刊行を許されなかった。しかし彼は本を書き続けた。彼は自らの思想を万人に伝えるがためにその筆を執ったのである。彼の「人生論」は彼の存命中に国内での刊行を許されなかった。彼はそのことを知ったときも、老体を奮い起こし、文章を書き続けたのである。だがそれは当然である。文学者たるもの常に己の生命より、万人のことを考え、筆を執らなければならないのである。そこに自己保身は無い。もし自己の命が圧政によって、朽ち果てようとも、筆を握り続ける、そこにこそ偉大なる精神が宿るのである。
「もし作家が貧困にあえいだ時、彼は金より、死に救いを求めるべきである。」
私はこれらのことを貴社のよりよい発展を望むために書いているのである。そのことは了承していただくよう、最後にお願いするしだいである。

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