更新日: 2010-09-11 13:34:26

国際連合と戦地

著者: ebmnbm

編集者: ebmnbm

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はじめに

実際の戦地において女、子供の区別を決めて攻撃することは不可能です。アルカイダにおける聖者アブデルビン・アッハームの言葉によれば、「戦闘をしている国の女、子供は殺していい。」と言うのがあります。これはコーランを曲解して考え出されたものです。コーランのすべてに目を通してもその様な事ははっきりと書かれていません。それに他国に侵攻するのは当然のことなのです。狭い地域内で同系交配を繰り返すといつもゆがんだ人間しか生まれません。これはいみじくもエルンスト・クレッチマーが著「天才の心理学」で述べていることです。したがって、生命力のある人間をつくるには同系交配、異系交配が必要になってきます。その比率はメンデルの法則と変わりがないでしょう。
 私はここで平和主義を掲げるのを拒否します。なぜなら戦争とは人間の本能に緊密に結びついたものなのです。したがって、私は最初に世界を概観し、次にここの例に触れてゆこうと思います。
 

STEP1

 まず私は先ほど述べた本能と戦争について叙述したいと思います。フロイトとアインシュタインの有名な往復書簡の中で、アインシュタインはフロイトに平和をかなえることは可能か?と、たずねます。すると、フロイトは私と同様の意見を述べました。人間の根元である欲望は抑える事はできない、とフロイトは冷静に答えたのです。またショーペン・ハウアーの意志、これは哲学用語で生きるを意味しています、絶え間ない意志の激突が戦争を奮起しているのは間違いないでしょう。それにもしそれが達成されたとしてもそれは不幸の前の幸運でしかありません。結末は人口増加によって地球は崩壊するでしょう。カントの不可解な倫理観や国家の成り立ちについて彼はあれこれと考えました。その結果、出来上がったのがルソーの「社会契約論」に酷似する「永遠平和のため」です。この倫理を曲解した本は、たちまち理想主義者に気に入られました。そして世界中の先進国の法のほとんどが、あまりに理想に走るために現実と理想の乖離が見られる段にまでなっています。周知の通り、我が国の憲法は社会契約論に則ってかかれたものです。そのあまりにも理想に彩られた憲法、法律に危惧の念を示すものもいたでしょう。ルソーの社会契約論はすべての民を包括し、人々を尊重すべきである、と述べています。しかしそのせいで現在に至っても、多くの理想主義、これはどこの国の幹部たちの中にも見出せます、それが現実との乖離を引き起こすのです。
 たとえば、アルカイダなどもそうでしょう。彼らは盲目的に標的を狙い、自分の命と引き換えに相手を殺します。彼らには言わせれば、その行為は平和のためだそうです。すべての国が他国より優れていると思い込みなのもまた事実です。これは人類学に通暁したホイジンガも同じ事を述べています。アメリカがイラクに攻め込んだ時、ヒトラーが演説でやむ事のない怒号を持って、民衆をあくなき戦争に誘い込んだ時、これらが通常の戦争の形式です。いかなる時代の戦争や紛争の陰には大いなる指導者がいるものです。もしカルヴィンが今、甦ってまたもやジュネーブを理想国家にしようとたくらんでもそれは無理でしょう。なぜならそれを防止するいくつもの隣接した国があるからです。しかも彼は当時、行われていた魔女狩りを積極的に推し進め、あまつさえ魔女のすべてに関係した人々ですら、紙の祭壇に屠ろうとしました。このことは当時の事情からも明らかに独断で理想と現実の狭間をふさごうと努力する男の姿しかありませんでした。
 話を続けると、それはこうなります。戦争が起こる理由は人間性の根底にある意志の所産です。また理想主義を追い求めるばかりに民衆との間に軋轢が生じ、国の運営がままならない時が往々にしてあります。
 

STEP2

 それに戦時中のことを考えるならば、容易に察せられることがあります。それは自国兵、同盟国兵以外の戦闘要員は殺すか、さもなくば生かして連れ帰るということです。一般的には殺すのが普通です。なぜなら、かさばるからです。それにむだな抵抗をされるのも非常に不快であまり戦渦においては、常套手段ではありません。ということでやはり、殺すのが一番良いのです。この見解を聞くと、馬鹿な平和主義たちは大声で抗議します。しかし彼らにそれと同じ思いをさせて、はたして何人の人の精神状態がおかしくならないでしょうか?私は実地上、完全なヒステリーをきたし、何もないところに叫び声をあげて突進してゆくさまを見た事があります。彼女はある事件をきっかけにそうなったのです。彼女は発狂する前には学校の教師をしていました。だが、現実は残酷で事件はなおざりにされ、彼女は精神病院行きを宣告されました。けれどもそんな事を言っても理解できません。彼女は放心と暴れることを繰り返しました。人間とは恐ろしいものです。やはり、ここでも意志が垣間見えます。きっと、彼女は今頃廃人になっているでしょう。百名の人生を修正するならば、教師一人の命などミジンコみたいなものです。ですから、皆さんも誠心誠意仕事に取り組むべきだと思います。
  

STEP3

 さて、今までの叙述で戦争の原因が分かったとします。所詮、人間も動物である以上、その野生本能を抑える事は不可能です。そしてもう一つ人間にとっての重要な因子があるのです。それは感情です。感情とは良い方向にも働くし悪い方向にも作用します。たとえば、受験勉強のときの過度な集中力。これはまがう事ない感情の所産です。そしてこれから戦争が起きる場合が多いのです。
 民衆はいつも無知で怠惰な人生を送っている。そして平穏を愛する。これは普通一般の常識である。だが、民衆が蜂起すると事情が違う。そこまでいったら、元の木阿弥です。
 赤道近くの人々は怒りやすい、と統計でています。ですので、パキスタンとインドなどで戦争が起きやすいのはこのせいかもしれません。けれどもいくつもの帰結から一つの原因は導き出せません。これは因果律の法則によって定められています。よって、私も過去のお歴々が疲労した曲芸をしなくてはいけないのかも知れません。しかし私は真理を追究するものです。ここに誤謬を書くぐらいなら、死んだほうがましです。私はパンを得るために文章を書いているわけではないのです。
 次に市民の段階にまでトーンを落として、あれこれ述べたいと思います。市民にとって、戦争とはこの上もなく嫌なものです、と考える人々が多い。だが、事が一旦始まって優位に立ち始めると市民は狂気の牙で彼らを食べつくすのです。人間はなんにしても他人より上に立ちたいという希望を持つ人が多いです。多いと言ってもこれは人口比率に比べて圧倒的です。たとえば、ギリシャ時代を見てみましょう。ギリシャ時代では平穏な時には学問が行われ、積極的に勉学にはげむ人がたくさんいました。しかし、火急の時になると彼らは勇みよろこんで、司令官の要請を聞き、戦場で戦うのです。そして負けた国は勝った国に従属するのです。これらの豊富な資料はカエサル著「ガリア戦記」にのっています。またマキヴェリ著「君主論」も征服国の態度などを扱う際に重要な文献になるでしょう。

STEP4

 話を戻すと、永遠平和などの戯言は結局起こりないことになりました。耄碌したカントは永遠平和についての本を冗漫に書いています。プロレ・ゴーメナで述べられている矛盾。それには目も向けられません。たとえば、感情を持たない理想の国家をつくり、その国家では市民が感情のない畏敬を君主に表すそうです。すでに畏敬が感情なのにこれほどにまでくだらない思想はありません。
 市民が戦争を是認する場合は、きわめて少ないものです。歴史上一般の市民が政治的、科学的事業に携わったことはごく稀です。したがって、私は市民が是認した戦争を見たいと思いましょう。最近の話から話す事にしましょう。第二次湾岸戦争において、アメリカはイラク国境地帯を突破し、すぐさまに首都を制圧しました。さて、これに喜んだのは自分の息子、娘、夫、妻が世界貿易センターにいた人たちでしょう。もちろん、彼らのほとんどは帰ってくる事はなく、彼らは憎しみの矛先をイラクに向けたのです。そしてその結果は散々なものとなりました。あちらこちらに憎しみが育まれ、すでにイラクは瓦解しています。これが近年、起きた戦争です。
 昔をさかのぼっても、結局同じことです。いつの時代にも戦争はあるのです。今、戦争に反対の人はふぬけです。他国から畏敬の念を覚えさせるのが平和への第一歩なのです。しかしそれは不可能でしょう。その原因は個人個人の中にあります。まず利己主義、これは厄介千万なもので、倫理とはかなりの隔たりが生じています。この原因は政治学をまったく知らない人々が政治に介入してくる事にあります。そして彼ら、民衆は好き勝手な事を言い出し、結局はその国をだめにしてしまうのです。では、次に君主制を述べたいと思います。一つ断りますが、私の述べる君主制とは一人の有能な人物によって運営される国家の事を指します。しかしそれは空中楼閣です。もし世襲制なら、ある一定時期を持ってその国は破滅の方向に向かいます。また民主制にしてもあるきっかけがありさえすれば、民衆は蜂起し、大挙して押し寄せてくるでしょう。この二つの繰り返しが歴史上しばしば見られます。したがって、私の述べたジュネーブ協定の不確実さもこれらから分かってくるのです。一般人が考えるような永遠平和など存在しません。未来永劫それは存在しないのです。むしろ、私が心配するのは人口過剰による各地での紛争の勃発です。これは長い目で見て、現今の状況よりよっぽどひどい事になります。あふれ出す難民に各国の対応は遅れ、てんやわんやするでしょう。
 

STEP5

次はもっとも奥深い、とはいっても日常生活やはては聖人に至るまでの人物たちの倫理観を見ていきたいと思う。まず一般人に必要な道徳観とは極めて低いと言える。なぜなら、彼らは社会に害をなす行動をしても、そして捕まった時にすら、罪悪感を覚えない人々が多い。道徳とは自明の理である。たとえ、一般人がその境界線を越えても、役に立つものは見つからないであろう。確かに非凡なものや天才には、相当の倫理が必要である。それでなければ、周りのものはついてこないのである。と、話はこの話はここまでにして、次は身勝手さについて考察しましょう。いつの時代もこの偏見が原因で、数多の戦争が起きました。この身勝手さとは国の威信を守るためや他国へのけん制などに使われています。けれどもそのこう着状態は長くは続きません。ある国が衰退し始めると周りの国に侵攻されるのです。これは昔の古今東西に見られた現象です。その結果、ロンブ・ローゾが述べた「天才と狂気」が生まれてくるのですが、これは関係ない話なので割合しましょう。
 ジュネーブ協定が精確に履行されることは、これからも長い道のりにもないでしょう。 私が滔々と述べてきた物事を熟知する人は、決して現実から目をそらさないでしょう。私は平和の理想的な形を「ファウスト」の最後でしか見たことがありません。それも君主が死に挑んで、やっとの事で多少の安寧を手に入れられた、と言うだけの話です。
 よく哲学者や文人たちがいう政治のごちゃごちゃ遊び、とは確かにその通りです。政治家たちはいつも進歩せず、同じことを繰り返しています。それらを鑑みれば、戦争がなくならないのも分かると思います。遊ぶと言うことは、楽しむと言うことです。彼らは国会を幼稚園と間違えています。最後に、吉田茂元総理の言葉をそえましょう。
 「特に国が力を入れなければ、ならないのは外交である。親密な外交なくしてはどこの国も我々に賛意は下さないであろう」

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