更新日: 2011-06-07 17:59:08

アンパンマンを大真面目に考えてみる方法

著者: ねこネコ猫NEKO

編集者: airiiiii

閲覧数: 6468

Okgn btn gudie info favorite

4

関連タグ:

はじめに

Photo by ねこネコ猫NEKO

子供の夢、アンパンマンについて大真面目に考えてみたくなったあなたへ贈ります。
中島由貴さんの「アンパンマンを背景から探る」という論文から引用させていただきます。
中島由貴さん、ありがとうございます。


http://www.tatsuru.com/php/phpBB3/viewtopic.php?f=19&t=103#p103

STEP1 目次

Ⅰ はじめに

Ⅱ アンパンマンの現状
 1・ アンパンマンとはどういうものか
2・ 日本テレビ音楽・それいけ!アンパンマン
3・ アンパンマンというブランド
4・ キャラクターの数

Ⅲ アンパンマンと関係を持つ世界
 1・ 山田永から見るアンパンマン
① 『古事記』の世界観
② 『それいけ!アンパンマン』の世界観
③ 世界観から見る
 2・ キリスト教で考える
① 聖公会とは
② 主要キャラクターの置き換え
③ キリスト教の精神

Ⅳ 日中戦争を体験した作者
 1・ どんな時代だったのか
 2・ 何をして生き残るか
 3・ 苦しみから生まれる憧れ
 4・ 何を得たのか

Ⅴ 日本共産党の支持者
 1・ 日本共産党とは
 2・ 共産主義思想のもとに宗教が大きな役割

Ⅵ アンパンマンの今後
 1・ 愛され続ける為に
 2・ アンパンマンの国際化
 3・ やなせたかしさんの夢

STEP2 Ⅰ はじめに

 一日に一度は必ず目にするキャラクターがある。それはアンパンマンだ。テレビをつけるとコマーシャルで目にし、スーパーに行けばアンパンマンが描かれたパッケージが商品棚に並び、携帯電話のメールの絵文字として使われ、病院には必ずアンパンマンの人形が置かれている。日常の生活にアンパンマンというキャラクターが馴染んでいるのがよくわかる。その日常に溶け込んだアンパンマンを気にするようになり、惹かれ始めた。幼い頃に絵本やテレビで見ていたアンパンマンの内容を思い出してみる。アンパンがパトロール中に困っている人を見つけてはお手伝いをし、お腹がすいている人には自分の顔をあげる。町で悪さをし、皆を困らせているバイキンマンをやっつけるというストーリーである。
私が幼い頃のヒーローであったキャラクターが今の時代でも幼い子から絶大な支持を集めている。それを実感したのは、私がアルバイトをしている病院である。診察をするにしても検査をするにしても泣いてしまう子どもが、アンパンマンの人形を出すとなぜか必死に涙を堪える姿や笑顔を見せる。アンパンマンの底知れぬパワーを見せられた気がする。子どもから大人までの人気を集めるキャラクターは何が原点であるのかを調べる為、アンパンマンの背景に見え隠れする思想や宗教、やなせ氏が戦争を体験していることから戦争を経験し影響されたことがアンパンマンとどう絡んでいるのか、やなせたかし氏が思うこれからのアンパンマンについて考察を行う。

STEP3 Ⅱ アンパンマンの現状

1・ アンパンマンとはどういうものか
 やなせ氏は1970年に「ぼくのその後の作品の基本形は、すべてここにある」という絵本『十二の真珠』を発表した。この中で始めて登場することになる。「アンパンマン。あまりきいたことのないなまえですが、たしかにある日、アンパンマンは空をとんでいました」という書き出しで現れている。初期のアンパンマンは、丸顔の子供の顔をし、太っていたためヨタヨタと空を飛んでいた。本の中ではスーパーマンやバットマンが活躍をしていたため、アンパンマンは彼らの仲間に加えてもらえず、子供たちにもバカにされていた。場面は変わり、アンパンマンは戦争が続いて山などが全て焼けただれた国にたどり着く。そこでは子供たちが食べるものがなく死にそうになっていた。そこでアンパンマンは子供たちの上にアンパンを落としてやった。その時、アンパンマンに向かって高射砲が火をふいた。アンパンマンはどうなったかわからないが「しかし、決して死にはしないでしょう。世界中のおなかのすいた子供たちのために、アンパンマンは今もとびつづけているはずです。」という形で終わっている。1973年これを発展させたキャラクターとして、あんパンでできた頭を持つ「あんぱんまん」が登場する。その後一九七五年、キャラクター名をカタカナに変更した続編の絵本『それいけ!アンパンマン』が出版された。
2・ 日本テレビ音楽・それいけ!アンパンマン
 『それいけ!アンパンマン』は20年ほど前から幼稚園教材(キンダーブック)で連載されていた。それを日本テレビのプロデューサーが自分の子供の父親参観に行ったときに読まれているアンパンマンの絵本を見つけ、放送のきっかけとなった。

STEP4 3・ アンパンマンというブランド

現在、『それいけ!アンパンマン』の視聴率は10パーセント前後を維持する人気番組で、関連キャラクター商品の総売り上げは1兆1000億円以上に達している。また、アンパンマン商品は1988年10月の放送以来、安定的な売り上げを維持してこの人気を支えるのは、ライセンサーの日本テレビ音楽とライセンシーのがん具メーカー4社(バンダイ・セガトイズ・トーホー・アガツマ)である。商品を増やしすぎ、消費者がキャラクター自体に飽きてしまうという失敗をしないために、各社が一定の商品を出し、新しいものを開発すればふるい商品を何個か市場から消すなど、シールを張りかえたり一部だけを交換することにより飽きが来ないようにされている。
これらすべてが子供のためという理念があり行われている結果「保護者に聞いた子供の好きなキャラクター調査」で1位を獲得していることが言えるのだ。

STEP5 4・ キャラクターの数

 インターネット掲載である毎日jp2009年7月16日の記事では『アンパンマン:世界最多のキャラクターが登場1768体でギネスに認定』とある。この記事を参考にすると「やなせたかしさん原作のアニメ『それいけ!アンパンマン』が、『もっともキャラクターの多いアニメシリーズ』として、ギネス世界記録に認定されたことが明らかになった。やなせさんは『少数精鋭で魅力のあるキャラクターをじっくりと育てていきたいと考えていたので、一番ビックリしているのは本人だ』と喜びを語っている。現在も20~30のキャラクターが登場しており、やなせさん自身は意識して増やしたいと思ったことはないという。90歳のやなせさんは『ぼくは遅咲きの作家で、晩年がこんな展開になるとは意外。今度のギネスの認定は大変光栄でうれしい。数だけでなく質でも世界ナンバーワンを目指したい』と新たな意気込みを語っている。(立山夏行)」
私達が日常で食べるもの、使うものをキャラクターにしているが、やなせ氏にかかれば全てキャラクターに変化してしまうというのがすごいところである。何気ないものでも、ふと目を凝らせば愛着が湧くものばかりで、私達はそれを気にせずに有り難味を忘れてすごしている。その気持ちを思い出させてくれるのがアンパンマンのキャラクターたちであり、やなせ氏である。

STEP6 Ⅲ アンパンマンと関係を持つ世界

1・山田永から見るアンパンマン
 ここで参考にするのが『日本神話とアンパンマン』(著:山田永 2006年 集英社)である。唯一アンパンマンを何かに置き変えて考えている本である。私自身、日本神話について理解できていない部分もあるが、ここで比較されたものを考察してみる。

①『古事記』の世界観
 山田氏は『古事記』と日本神話をアンパンマンワールドで説明しようとすることを「ファンタジーの交響曲」と言う。神話はそもそも古事記も中に書かれている。神話は全くのゼロからではないにしても、作り出されている虚構である。いろいろとあった既存のネタに新しくネタを加えて編纂しなおし、あらたに大きな虚構(物語)を作り出している。このような虚構の世界をアンパンマンワールドと重ねているのである。しかし虚構を面白くするためにはまた別の世界が加わることで面白みが増すものである。それがバイキンマンという悪の虚構なのであろう。神話のなかであればバイキンマン側は人間なのである。天井に住む神々と地上に住む人間この二つの世界があるからこそ面白いのである。

②『それいけ!アンパンマン』の世界観
 『それいけ!アンパンマン』の世界はパン工場が舞台のメインである。パン工場は街を見守る高台に位置する。街の「困っている人やお腹を空かしている子」を助けるためアンパンマンは街を飛びまわり天孫降臨するのである。先ほども述べたように平和な世界であるアンパンマンワールドに対してバイキンマンはバイキンマン島という異界に住んでいる。これが『古事記』と同じであると考えるのが山田氏である。

③世界観から見る
山田氏は世界観(枠組み)から日本神話とアンパンマンを語り一つひとつを説明している。それぞれの世界を照らし合わせた時に結びつける事のできるキャラクターが存在する。キャラクター同士がぴったりと一致するわけではないけれど、所々をかいつまむと似た世界観に見えてくるのであろう。一人の人物を中心といて成り立つアンパンマンの世界とは違い、古事記の神話は一つの場所で全てが成り立つのではなく、一つの神が中心となり世界を作ったわけでもない。山田氏本人も古事記の天つ神は「世代交代」すると言っているので、類似しそうな神がいればキャラクターを何度も置き換えられることになってしまい、登場人物の比較が終わらない。そうなると、古事記の世界観から見ることによってストーリーは大枠で捉えられ、中身を理解するまでに、大体のことしか捉えられなくなる。物語にとって枠組みは大切であるが登場人物がいなければ物語も作れない。つまり、世界が似ていても中身が似ていて尚且つ中身の存在が類似していなければ、こじつけても面白みが増さないのである。
いろいろとあった既存のネタに新しくネタを加えて編纂しなおしている古事記には全てを通して中心となる神が存在しない。それぞれの神によってそれぞれの話が存在するのだ。だからこそ世界観は似ていたとしても作り出される世界は違っており、キャラクターと神が似ていたとしても、誰かを中心として全ての神が関わっていたわけではないので全てが当てはまるわけではなく、古事記の世界観がアンパンマンの世界観に置き換えられるとはいえないのである。

STEP7 2・ キリスト教から考える

 ここで方向転換をし、違った視点から考えることにする。キリスト教である。やなせさんがクリスチャンであるためである。キリスト教でも様々な教派があるが、やなせ氏は聖公会に属している。カトリックや東方正教会の教徒が何億人といる一方、聖公会は4000万人という教徒だ。このキリスト教聖公会に視点を当て考察してみる。

① 聖公会とは
 聖書と伝承を信仰の2大源泉と見なす点では、ローマ・カトリック教会と変わらないが、宗教改革の洗礼を受けた教会として、「聖書のみ」の福音主義の立場に立つものである。他のプロテスタントの諸教会との違いは、理性を神が人間に与えられた賜物とみなし、啓示によって示された真理の理解に採用しようという姿勢である。聖公会を特徴づけるものは、成文化された教義的表明ではなく、祈祷書による礼拝において示される信仰である。聖公会で挙げられる大学は立教大学、桃山学院大学、神戸松蔭女子学院大学などである。

② 主要キャラクターの置き換え
先ほど述べたように、聖公会は聖書を重んじる立場である。ならば聖書に出てくる登場人物について視点を置いて物事も考えるはずだ。旧約聖書の「出エジプト記」の中に、イスラエルの民が荒野で飢えにおそわれた時に、神が天から降らした肉やパンを「過不足なく各自は自分の食べる分だけを集めた」という描写があり、新約聖書の「使徒言行録」の中でも「信者になったものたちは、みな一緒にいていっさいの物を共同にしていた。そして資産や持ち物を売ってはそれぞれの必要に応じてみなに分配していた」とある。このように世の中に平等であり、困った人を神は見捨てないという点において聖書を例に書いていることもわかる。聖書には人が犯した罪や過ちをイエスが正したり、良い方向へ導く例えがいくつも書いている。イエスが悪を善へと導いていく事を聖書に記すことで、人は自分自身を改めて見つめ直し、イエスの愛の素晴らしさを知る。イエスが中心となって人間関係がはっきりと構築される聖書の登場人物は、まさにアンパンマンワールドでアンパンマンが中心となって人々を助け、世界を平和へと導いて行くための内容と重ねることが出来るのである。
それにより考えられることは、聖書に出てくる登場人物について視点をおいてキャラクターが置き換えられるということである。そこでいくつかの主要人物をアンパンマンのキャラクターに置き換えてみることにする。

STEP8

アンパンマン=イエス・キリスト:人々を救う救世主として自分を犠牲にしてまで人に尽くすという点で同じである。アンパンマンの性格は誰にでもお人好しで、アンパンマンワールドに住んでいる人みんなが好きである。皆を守るためにピンチになっても戦う根性がある。同じくイエスも神の子である救世主として(一部の宗派では、単性論と通称される、神としての属性のみを強調する立場で)信仰の対象となっており、世の人の身代わりのため自ら十字架に架かった。イエスは天使の受胎告知という神秘的な身ごもり方である一方、アンパンマンもジャムおじさんが作ったあんパンの種に空から命の星が落ち、命が宿り誕生する。を人を想うという点から自らを犠牲に出来る者と捉えると同じである。

ジャムおじさん=ヨセフ:ジャムおじさんはアンパンマンを作っている。父親みたいなものである。自分の作ったあんパンに命が宿り、赤ちゃんのアンパンマンが誕生し一生懸命育てるのである。ヨセフもイエスの父であり、受胎告知を受け入れ、ヘロデ王の幼虐殺からマリアと逃れイエスを守った。

バタコ(バタコさん)=マリア:バタコはジャムおじさんの助手としてアニメでは登場している。しかし、アンパンマンに命が宿った時からジャムおじさんと一緒にアンパンマンを育てているため、母親のようなものだと仮定する。そうすれば、マリアがイエスの受胎を受け入れ、母となったことと同じなのである。

バイキンマン=サタン:バイキンマンは悪さ大好きで、いつも皆を困らせることばかりする。しぶしぶゲストキャラクターを誘惑しようとすることもある。ゲストキャラクターを騙しアンパンマンを襲わせたりするが、結局はアンパンマンやゲストキャラクターに敗れる。サタンも同様人を誘惑し、悪事を働こうとする。サタンは神が創られた天使である一方堕天使として登場する。闇の部分を表すことにより光が際立つ存在として作られたのであろう。バイキンマンもサタンも闇としての登場をするが、あくまでも正義(光)の対象として無くてはならない存在である。

ドキンちゃん=マグダラのマリア:わがままで、すぐ気が変わるけれど優しい一面もあるドキンちゃん。自分のことが一番可愛いと思っている。そしてショクパンマンの事を慕っている一途な女の子である。バイキンマンのお手伝いとしてアンパンマンを倒そうとしている。ここで私がドキンちゃんとマグダラのマリアを結び付けるポイントはアンパンマンの顔が濡れたり、傷んだりして力が出なくなったとき(イエスでは死)と、顔をかえてもらった時にパワーが回復(イエスでは復活)に関わっているということである。マグダラのマリアは「宣教の旅」「処刑」「埋葬」「復活」のシーンで登場する。また、聖母マリアは至潔の処女とされたため、それに反する女性的な部分は担うことができず、マグダラのマリアが必要だったとも考えられる。その点においてドキンちゃんは必要であったと考えられる。

STEP9

ショクパンマン=ペテロ:ショクパンマンの場合、ショクパンマン号と呼ばれるトラックで小学校へ給食用の食パンを運び、お腹が空いた人には顔を日光で焼いてトーストにし、一枚はがして人にあげるという形で人々に貢献している。ペトロは弟子のリストでも常に先頭にあげられており、イエスの問いかけに弟子を代表して答えていることなどから、イエスの存命中から弟子たちのリーダー的存在であったとされる。また、イエスに最も近い弟子三側近のうちの一人である。キザで紳士気取りな性格であるショクパンマンはカレーパンマンとよく言い合いをするが、これは自分の意見を主張するリーダーであるからこそであり、正義感がアンパンマンに負けず強いからである。ペテロはイエスが処刑されるときに三度イエスのことを知らないと言うが、その罪悪感から後悔して泣き崩れると言われている。ショクパンマンとペテロは類似していると言える。

カレーパンマン=ヤコブ:カレーパンマンはお腹が空いた人にカレーライスをあげる。短気で喧嘩っ早く熱血な性格である。都合のいいタイミングでひょっこり現れる事が多い。まさに「雷の子」と呼ばれるくらいに激しい性格で、イエスの三側近の一人のヤコブと同じである。ヤコブはイエスの教えに従いスペインを殉教する。イエスの忠実な弟子であること、側近のうちの一人であることがカレーパンマンと一致する。

メロンパンナ=ヨハネ:メロンパンナはアンパンマンがやられてしまう時に主に活躍する。力は弱いがその分身軽なため早く飛ぶことが出来る。アンパンマンに多大な信頼を寄せられており、何より可愛く優しく辛抱強いのが特徴である。これに類似するのがシモンである。『ヨハネによる福音書』ではイエスが十字架にかけられたときも弟子としてただ一人「愛する弟子」が十字架の下にいたと書かれており、また、『ヨハネ福音書』ではイエスの墓が空であることを聞いてペトロとかけつけ、真っ先に墓にたどりついたのもこの弟子であり、伝統的に使徒ヨハネのことだと信じられていることから、ヨハネが弟子の中で最も愛され(可愛がられ)、信頼されていた事になる。アンパンマンからの信頼を置かれるメロンパンナとイエスから愛され信頼されるヨハネが類似していることになる。

ロールパンナ=ユダ:ロールパンナは「まごころ草」という花の粉を加えて作られる予定であったが、作る際にバイキンマンが邪魔をし「バイキン草」のエキスも入れてしまった為、善悪両方の心を持ったロールパンナになってしまった。これに置き換えられる人物はユダである。ユダは十二使徒の会計を務めたことや賄賂を受け取った事に由来する。耳元に神の御言葉を伝える鳩が描かれる場合と悪魔がサタンの言葉をささやく場合があり、これがバイキンマンに洗脳されたロールパンナと同じである。

STEP10 ③ キリスト教の精神

キリスト教本来の姿は、人間をあらゆる束縛から解放して、自由に真理を追い求めることのできる場へ導こうとするものだ。そこに求められるのは、真理への畏敬の念であり、真理探究への謙虚な姿勢である。人を愛することや、人の痛みを分かち合える豊かな感受性を育む姿勢が表れている。我が大学、神戸女学院も「愛神愛隣」を学院標語として掲げ、私たちが隣り人になす貧しい業を、愛へと高めるという神様を信じることだと語る学びを日々している。
また、キリスト教で考えられることはイエス・キリストが人々の罪を背負い十字架に架かり死んだことにより、弟子達に新しい秩序を与えることになったということだ。イエスが罪を背負ったことで人々は改めて自分の行いを恥じ、改めなおそうとする。自身を改めなおしたことでイエスの思いを繋げてきたことが、今日のキリスト教の成果であり、キリスト教信者たちが作り上げた世界である。
アンパンマンもキリスト教の精神と同じで、自分の幸せだけではなく隣人、困っている人に手を差し伸べることにより皆が幸せでいられることを第一に考えられ作られたと考えられる。
しかしそれだけでは背景は成り立たない。それは作者の戦争体験にあるはずだ。何もかも失ったとき、人は今までの世界をもとに戻そうと努力するが、まったく同じ世界が作り上げられる分けはなく、今までを含めた少し新しい世界を作り出している。
戦争を体験した作者にとって、戦争の辛さで周りへの優しさ、思いやりを忘れた人はどのように目に映ったのだろうか。次の項目で戦争について考えてみたいと思う。

STEP11 Ⅳ 日中戦争を体験した作者

1・どんな時代だったか
 戦争という出来事。今の時代では想像もつかない出来事である。なんたって生まれる何十年も前の話だからである。
日中戦争とは1937年の盧溝橋事件から始まった。日本側政府軍部ともに不拡大方針を持って臨んだが、中国軍の暴発が続き、中国軍を征伐して懲らしめることを基本方針とする現地日本軍との戦闘はだんだんエスカレートした。日本側は、現地軍の好戦的な対応に引きずられて、それを止める決断を出来ないうちに、結局戦争に突入したのである。アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスが蒋介石のバックに、共産党の毛沢東、周恩来にはソ連がバックについていたため日本は国家総動員法を発令して、いざという戦争に向けて準備を整えておくしかなかったのだ。やなせたかしも1940年に招集され九州の小倉に配属されたのである。やなせたかしはそのときの事を「明けてもくれても人殺しのけいこをさせられて、人生の第一コマはまっくら一寸先も見えない闇夜行路、未来はためらいながら近づいてくるが、絶望以外には何もない状況だった」2と述べている。
その後、1941年から大東亜戦争が始まり、やなせたかしは1943年に中国に赴くことになる。赴く際、輸送船に乗せられ航路をごまかすために南シナ海あたりをウロウロしていたらしい。その時既に日本本土は空襲が始まっていて、小倉も門司も火の海だった。
ここでやなせたかしの軍人生活を覗いてみる。
 「或る日のなんだか解らない夜が明け、鉄舟にのせられて敵前上陸というのがはじまった。白鉢巻をして、軍刀の柄には白い包帯をぐるぐる巻きにして、一見決死隊風でヒロイックな気分になったあら哀れである。どこか解らないところに上陸したが、敵の抵抗というのはまったくなくて、少しあっけなかった。上陸したのは台湾の川岸の福州だった。つまり日本司令部は、アメリカ軍は台湾を攻めると考えて、そのためにはまず中国の対岸に基地をつくり、そこから対岸の台湾を攻撃すると考えたのだろう。しかし、アメリカは台湾を飛ばして沖縄を直接攻撃したので、ぼくらの部隊は空振りであった。・・・ぼくは覚悟していた。多分ここで戦死すると思った。この戦力で勝てるわけがない。異郷で果てるのは残念だがしかたがないと観念していた。」2

STEP12 2・何をして生き残るのか

 やなせたかしが送りこまれた部隊は空白地帯。敵は台湾ではなく沖縄へ。戦死する覚悟であったが、なんとも素晴らしい運を持っていたに違いない。芋畑の中に陣地を設営していたが、本部から離れた陣地、訓練もなければ戦争もない。仕事は防空用の穴掘りぐらいだった為、宣撫班(せんぶはん)みたいに紙芝居をつくって村をまわっていたそうだ。
しかしその後に上海に召集命令が入り再び部隊に合流することになる。自分の意見なんて通らない時代だったはずである。上官の命令によりただ戦うというのがどれだけ辛いのか私には測りきることはできないが、目の前で何人もの人が死んでいく中、なすすべもなく、ただひたすら進むしか道はないというのは残酷であると感じるばかりだ。生き残る方法なんていうのは戦争に勝つこと以外になかったのであろうが、そう考えると希望なんてなかったのだろうと絶望を想像するしかない。敗戦により再び故郷に帰ることになったのだが、やなせさんは「戦争が人を狂わせることや飢えの苦しさなどを知り、反戦主義者になった」3という。

STEP13 3・苦しみから生まれる憧れ

 日本が破れ日本に戻ったときに見た景色はどんなものだったのだろうか。長崎や広島は焼け野原。どこもかしこもが空襲後で悲惨な状況であったに違いない。何度も言うが私は戦争をしらない。戦争体験者の祖父や祖母の話を聞くことやドラマや本で知ることが精一杯なので、想像するしかない。ただでさえ、追い詰められたら自分のことしか考えられなくなる現代人は、食べるものに困り、衣服は今みたいに着替えもできず、寄り合い所みたいなところでの生活することを想像しても想像だけで終わりたいと切実に願うはずである。
戦争で弟を亡くしたやなせさんは2006年8月19日の高知新聞の夕刊で「オイドル絵っせい」で人間魚雷「回天」の特別特攻隊員としてフィリピン島バシー海峡で戦死した弟の千尋のことが偲ばれることや、平和ボケも戦争の悲劇に比較すればよほどいいとある。「正義のための戦いなんてどこにもない。正義はある日逆転する。正義は信じがたい。」4これが戦後のやなせたかしの思想の基本となるのである。逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、目の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること、これが苦しみの中から生まれる憧れというか願いなのだろう。これは「戦争」という大きな出来事を経験したからこその結論で、大切な弟を失ったからこそ見えた世界である。これこそがアンパンマンの原点であり、やなせたかしの心の底からこみ上げる熱い気持ちに違いない。大切なものを失う喪失経験が積もり積もってアンパンマンという世界を描くことにより癒され、また向き合ってきた作品なのである。

STEP14 4・何を得たのか

 戦争体験から何を得たのか、それは人を失うことの辛さ、飢えることの辛さ。正義は常に逆転するということ。だからこそ新しい世界を作りたいという意志。もし本当に正義を行おうとすれば、傷つくことも覚悟しなければならないことに気づいたのである。このことは常にやなせさんが本に記している。
人を失うことに改めて自分というものを思い返す。自分はそんな人間であったのか。その人とどんな思い出があるのか。どんな風に過ごしてきたのかということ。自分自身を振り返ることで何が自分にとって大切なのか知ることができる。これを踏まえたうえで「だからこそ、こう生きよう!」という信念が生まれ新しい世界を作り出す一歩になるのだ。
そしてもうひとつ、新しい世界にも必ず必要なことは「食」である。「腹が減っては戦はできぬ」という言葉があるように、人間だれしもお腹が空けば力が入らなくなってしまう。飢えるということはお腹だけでなく心も貧しくなっていくことだと思う。例としてあげるのが、人はお腹が空くと口数が減る。妙にイライラする。自分のことしか考えようとしない。ちょっとしたことでも、大げさに捉えてしまう傾向がある。先進国が故の悩みというか現代病と言ってもいいだろう。今の世の中満たされ過ぎている。つまり満たされ過ぎた世の中に「飢え」は人間を貧しくしてしまう傾向に陥ったのだ。欲求を満たすために、食べ物、存在をより得ようとする心は、やなせさんが戦後に思った「飢え」(物がないからこその欲求)とは少し違い心の「飢え」(もともとあって当然のものが少しでも欠けることへの不満、欲求を制限できなくなった)と考える。
 それでは現代人が忘れようとしている優しい気持ち、人を思いやる気持ちとはどういうものだったのであろうか。アンパンマンのポリシーを頭に置きながら、やなせたかしさんの思想をまた違った方向から見ることにする。

STEP15 Ⅴ 日本共産党の支持者

1・日本共産党とは
 日本共産党とは「終局の目標として、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会の実現をめざす。」ことを規約としている。また、「戦前には他のすべての政党が侵略と戦争、反動の流れに合流するなかで、日本共産党が平和と民主主義の旗を掲げて不屈にたたかい続けたことは、日本の平和と民主主義の事業にとって不滅の意義をもった。」として日本の平和を常に呼びかけていたのである。
日本共産党の議員のブログや、しんぶん赤旗にたびたび、やなせたかしさんが登場する。日本共産党が掲げる方針と、やなせさんが考える世界が似ているという点、アンパンマンを例にすると難しく考えることなく、変な先入観を持たずに受け入れやすいとも考えられる。日本共産党とやなせたかしさんの双方の類似点として挙げるとするならば、共産主義思想のもとに宗教が大きく関わっている点である。

2・共産主義思想のもとに宗教が大きな役割
アンパンマンの世界は困った人を助けアンパンマンワールドが常に平和であることを心掛けており、誰に支配されることもなく皆が幸せで平等に暮らしている。ここで考えられるポイントは「誰からも支配されない平等な社会」である。平等という言葉で結びつくのはやはり宗教である。日本共産党と宗教については次のように書かれたものがある。
「宗教一般、そのなかでもとくに世界宗教であるキリスト教と仏教をとってみますと、それと共産主義とはたしかにその世界観や哲学を異にし、その思想においても多くの点で違っていますが、その原点にかえるとこの双方はその思想においてきわめて近いものがあると考えています。レーニンは一九一三年の『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』 という論文でマルクス主義が受けついだ直接の源泉についていっているのであって、かれが晩年の一九二〇年に書いた『プロレタリア文化について』 という文章では、『マルクス主義は……人類の思想と文化の二千年以上におよぶ発展のなかの、勝ちあるすべてを摂取し、加工してからこそ、革命的プロレタリアートのイデオロギーとしての世界史的な意義をもつようになったのである』というふうにいっています。このレーニンの晩年に書かれた文章はきわめて重要であると考えます。これは革命後の社会主義建設のなかで、共産主義者の一部に過去の思想や文化を機会的に否定しようとするものがあったのにたいして、科学的社会主義こそが人類の過去のいっさいの思想や文化の正当な継承者でなければならないということを強調する必要を、かれが痛感していたのだと思います。私はこの数年らい、『共産主義思想の源流』というテーマで、若干調べたり書いたりしていますが、それを調べていると、共産主義の源流となっているの人類の過去の思想と文化のなかで宗教が大きな役割を果たしたということをあらためて感じているわけです。」5
先ほども聖書にも平等生活を実行していた箇所を上げてみたように、共産党は「平等な社会」を作り上げるために宗教をもとに作られたと考えられる。だからこそ、日本共産党は将来の社会発展すべての段階を通じて、あくまでも国民の民主主義と自由を守り発展させていくことを公約し、それを阻害している様々な否定的な制度と戦って平等な社会を作り出す政策を実行しているのであろう。

STEP16 Ⅵ アンパンマンの今後

1・愛され続ける為に
 平和で豊かな生活を望むこと。それは生きていく上での永遠の理想であり、叶えたい望みである。アンパンマンの世界は、やなせさんがデザイナー、絵本作家・シナリオライター、作詞・作曲・歌手、キャラクターデザイナー、漫画家、編集者としてあるときの顔をいくつも持っていたからこそ作られた人生の集大成の夢の世界でもあるはずだ。生き残るために戦う、食べるため、生活していくために働く、楽しさ、豊かさを探すために悩む、希望を与えるため、自分の信念を表現するために描き続ける。幻想と郷愁に満ちた物語の世界、メルヘンの世界を存在させる、作り出し続けることを願いたい。
そのためには、興味を持ち続けること、努力し続けることが大事である。これは私達自身もそうであるが、やなせさんにもまだまだ望みたいことである。「Ⅱアンパンマンの現状」で、市場に出すぎると人気は落ちてしまうことが、いつまでも人気であり続ける理由のひとつであることを述べた。市場ではそうであるが、人気であり続けることと、愛され続けることを一緒にしてしまうとなんだか寂しい気もする。だから、ここで私なりに愛され続けるためのポイントを考えてみる。アンパンマンも伝承神話のように親から子へ、子からまた子へ伝えていくこと。そうすることでアンパンマンは生き続けることができるし、また正義とは何であるか学び続けられるはずだ。次に、やなせさんが記録に挑戦し続けてもらうこと。キャラクターの数がギネス記録に申請されてからもまだ増え続けている。身近な物や存在がどこまでキャラクターとして生まれるのか興味があるし、90歳を超えるおじいさん(言い方が失礼だったらすみません)の頭が生み出す世界を、大人に、子供に、これから生まれてくる子にリアルタイムで見せて欲しいという願望もある。何歳からでもチャレンジが可能であること、努力できることを見せ付けて欲しいのである。次に考えるのは、アンパンマンを海外進出させることだ。正義のあり方や優しさを教えてくれるアンパンマンは善と悪がはっきりしていると思うので子どもの教育にはもってこいの絵本であると思う。
それでは海外ではアンパンマンは受け入れられるのか考えてみることにする。

STEP17 2・アンパンマンの国際化

 「それいけ!アンパンマン」は海外では放送されているかを調べてみた。『それいけ!アンパンマン』は、国内の有数の人気キャラクターとして、テレビや映画、出版物のほか様々な商品やキャラクターを展開しているが、同じ幼児・児童向けのキャラクター『ポケットモンスター』や『ドラえもん』と較べると海外展開は遅れているようである。日本テレビ放送網株式会社はこのようなことを発表しているので抜粋してみる。
「日本テレビ放送網株式会社(本社:東京都港区、代表取締役 社長執行役員 久保伸太郎 以下日本テレビ)は、「それいけ!アンパンマン」のアジア圏での本格展開を行うべく、台湾のMIGHTY MEDIA CO.,LTD.(本社:台湾台北市 代表取締役 Melody Kuo)にアジア圏※1でのテレビ放送権などをライセンスすることに合意し、その第1弾として、台湾のテレビ局MOMO親子台での放送を開始。 放送開始日は本年11月5日で、毎週月曜日から金曜日の18:30~19:00(再放送22:00~22:30ほか)。
 やなせたかし原作によるテレビアニメーション・シリーズ「それいけ!アンパンマン」は、1988年10月3日の放送開始以来、一貫して「愛と勇気」をテーマに据え、そのエピソード数は、2009年には1000話(10月31日現在、961話)に到達します。同時に、今年は、テレビ・劇場版ともに20年の節目を迎えることとなりました。こうした放送・映画や出版物など、多岐にわたるさまざまな商品開発とサービス提供を通じ、アンパンマンとその仲間たちは人気コンテンツに成長し、マーチャンダイジングの領域を越えて、多くのお子さまやご家族に愛され、信頼されるブランドとして確立してまいりました。

STEP18

日本テレビでは、台湾での本格的な放送開始を契機に、これから、アジア諸国での展開に向けて様々な施策を行ってまいります。
※1 中国、韓国、香港を除く」
このようにある。またアニメ産業とビジネスについて台湾でのテレビ放映開始は放映ビジネスだけでなく、日本と同様にアジア地域のでもキャラクターライセンス事業を広げたいという考えもあるだろうとインターネットでも注目されている。2008年から海外へ進出というのにも驚きであるが、アジア圏として台湾が最初であることにも驚きである。韓国や中国のほうがテレビ業界、漫画産業が盛んでありそうなのはイメージだけなのだろうか。台湾アニメビジネスの最新情報によると台湾のアニメーション産業は、アニメーション制作の高い技術力があるだけでなく、同国内には成熟したマーケットがある。また、世界で日本のアニメ、マンガ文化が最も根づいた地域でもあるらしいのだ。さらに、台湾は中国や東南アジアのビジネスのゲートウェイの役割を果たすことが多く、欧米市場開拓にも意欲的に取り組んでいるそうで、日本のアニメ製作会社の海外パートナーとしてユニークなポジションにあり、これまで以上の潜在的な可能性を持っているというのである。ビジネスのゲートウェイが台湾であるということを見落としそうなところを上手く見つけ、台湾に入り込めたことも日本でのアンパンマンの人気ぶりがあってこそのことだ。しかし、人気だけでアンパンマンが全世界で受け入れられるかどうかは疑問である。年齢が低い子どもたちには深く考えずにヒーローとしての人気がでるのは間違いないと思うが、大人にとって日本の「アニメ」「キャラクター」としては受け入れられても、内容としてはどうとらえられるであろうか。子どもの目に映る前に大人が反感を抱いてしまえば、ビジネスのチャンスとしても成り立つことはないはずだ。自己犠牲によって他人を喜ばせるというストーリーにどこまで理解を得られるであろうか。先に述べたキリスト教との関連について理解を得られる国は、人気が出るかもしれない。だとしても、自分中心主義である現代には日本的自己犠牲精神の象徴としてしか映らないかもしれない。熱心な宗教活動のように「アンパンマン」も熱心に海外ビジネス活動をすることでファンに愛され続けるだろう。「それいけ!アンパンマン」を初めて目にするときは、純粋な心でみて欲しいものである。やなせたかしさんの『人生いつしかたそがれて わずかに残るうすあかり』という詩集にこんなことがかいてある。「ヘン だれもが解る ごくやさしい表現で 詩や絵や文章をかきたい 通俗の俗でいたい けれどもそれができなくて いつまでたっても なんかヘン やさしいことが むずかしい」5やさしいことがむずかしい社会でビジネスは行われ、市場には次々と商品が出回る。台湾でのテレビ放映開始は放映ビジネスだけでなく、日本と同様にアジア地域のでもキャラクターライセンス事業を広げたいという考えは困難の方が多いはずだ。日本のアニメキャラクターのなかでも、最もターゲット年齢が低い作品のひとつである『それいけ!アンパンマン』がアジア地域でどのように受け入れられるかが注目である。

STEP19 3・やなせたかしさんの夢

 アジア展開も進んでいるアンパンマン。キャラクターの数がギネス記録として認定されたアンパンマン。日本ではミュージアムも建てられ、ファンの年齢層が厚くなるアンパンマン。「アンパンマン」はすべて「やなせたかし」にも置き換えられる。全てが順調かと思えるが、やなせたかしさんにとって更なる夢はあるのだろうか。92歳を迎えた現在でも毎日「アンパンマン」や「詩とファンタジー」の仕事に忙しい。「生涯現役」という言葉がそのままの生き方であるように思える。やなせさんは自分の人生についてこのように語っている。「ボクは何をやらせてもおそいし、頭もよくないから、普通の人が三日でわかることが三十年ぐらいかかってやっとわかったりします。 いまも勉強していることがありますが何年やってもほんの少しも進歩しないのでおかしくて笑ってしまいます。 アンパンマンも絵のほうのこともそんなぐあいにして超ノンビリ超スローモーションでやってきましたが、年月が経ってみるとそれなりの足跡ができていてボクよりもはるかにはやくとびだした人たちがもうリタイアしているのを見ると、自分はあまりきらめくような才能に恵まれなくて良かったかなと思うこともあります。」6とは言うものの、世代を問わず人気の衰えないアンパンマン作品は絶好調で、世界にまで羽ばたこうとしている。やなせたかしさんの謙虚さや、正義への熱い思いが見る人に幸せを与えているに違いない。小さい頃の出来事を思い起こしながら学んだことが「アンパンマン」に繋がっていること、キリスト教という隣人を大切にするという精神を踏まえ、やなせたかしさんが自分の正義と言うものを繰り返し考えたことにより、「アンパンマン」という世界を作り出すことができたのである。幅広い年齢層の中で、やなせさんと同年齢の方たちは「生涯現役」という生き方に共感させられ生きる活力を与えてもらっていること。私達の世代は「それいけ!アンパンマン」がちょうどテレビで流れてきたときであるので、朝起きると「それいけ!アンパンマン」が放送されていて必ず目にしていたのだ。これにより一緒に育った感覚があり、愛着が湧くという理由が生まれる。幼稚園くらいの子や赤ちゃん達は目にするもの、触れるもの(おもちゃや衣類)としてなくてはならない存在なのだ。日常生活で忘れがちな優しさ、思いやる気持ち、やる気を奮い起こしてくれる勇気と元気、悪に向き合い戦う強さを長年描き続けているからこそ人気は衰えない秘密だ。何しろアンパンマンの顔は単純であるし、誰もが描ける。しかしその単純さがなにより難しいこともすんなりと受け入れられる体制にしてくれる。さらには新しいキャラクターを常に生み出し人々を飽きさせないわくわくさせる気持ち。これもまたファンが耐えない理由の一つである。やなせたかしさんの情熱が「アンパンマン」という世界を作り上げる。アンパンマンは困っている人に自らを与えるかわりに「ありがとう」という優しい気持ちを得る。その共感者たちがいる限り、やなせたしさんが作り出す「アンパンマン」の世界はあり続けるはずである。

まとめ

〈参考文献〉

Ⅱ  
 『やなせたかし』 中村圭子 (河出書房新社 2009年)



1、『日本神話とアンパンマン』 山田永(集英社2006年)
(第二話)
『アンパンマン大研究』 やなせたかし・鈴木一義(フレーベル館1998年)

  2、『キリスト教資料集』 監修:八代崇 (聖公会出版 1992年)
     (教派一覧)
『アンパンマン大研究』44項
日本聖公会 東京教区http://www.nskk.org/tokyo/
      大阪教区http://www.nskk.org/osaka/

  3、神戸女学院 宗教センターHP 聖句
   キリスト教フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD% ... 8%E6%95%99


  Ⅳ
  1、『アンパンマンの遺書』 やなせたかし著 (岩波書店 1995年2月発行)
    「起の巻」より
    『やなせたかし』中村圭子 (河出書房新社 2009年)
    「生い立ち」より
    大東亜戦争全史http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi-annai.html
  
  2、『アンパンマンの遺書』 やなせたかし著 (岩波書店 1995年2月発行)
  
  3、高知新聞夕刊「オイドル絵っせい」2006年8月19日
  
  4、『人生なんて夢だけど』 やなせたかし著 (フレーベル館 2005年)


  Ⅴ
1、日本共産党ホームページ http://www.jcp.or.jp/
しんぶん赤旗 http://www.jcp.or.jp/akahata/
ひとみちゃんにも ちょっといわせて(日本共産党 福津市議会議員 松尾ひとみ公式HP)
http://hitomi3.blog65.fc2.com/blog-entry-306.html
日本共産党千葉県議会議員 みわ由美
http://miwa-3838.jp/html/menu05/2009/20 ... 05239.html
  2、「宗教と日本共産党」日本共産党/編 日本共産党中央委員会出版局 1975年

  Ⅵ
  1、『人生なんて夢だけど』 やなせたかし著 (フレーベル館 2005年)
  2、プレスリリース@日テレhttp://www.ntv.co.jp/info/news/468.html
    アニメ産業とビジネス情報 2009.03.14より
    (台湾アニメビジネスの最新情報のシンポジウムTFAなどで企画)
http://animeanime.jp/biz/archives/cat48/index.html
    『人生いつしかたそがれて わずかに残るうすあかり』
 やなせたかし著 (白泉社 2007年)
  3、『アンパンマンの遺書』 やなせたかし著 (岩波書店 1995年2月発行)

【PR】

このガイドは役に立ちましたか?ガイドの著者にお礼を伝えよう!

Okgn btn gudie info thunks b

36

関連タグ:

当ガイドは作成日時点での情報です。ガイド内容の実施はご自身の責任の元、ご利用いただきますようお願いいたします。

このガイドを通報する

著者名:
ねこネコ猫NEKO

ねこネコ猫NEKOです。

ある人は私のことを「ねこ」と呼びます。

ある人は私のことを「ネコ」と呼びます。

ある人は私のことを「猫」と呼び...