1. 「F1カー」だけをつくっていても、医療は進化しない 【後編】

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「F1カー」だけをつくっていても、医療は進化しない 【後編】 2017年02月16日 10:22

究極のウェアラブルを超えて、最先端技術を体内に入れる“インストーラブル(インストール可能)”を実現する『ナノマシンDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)』。



医療の常識を変える同システムがもたらす地球規模での影響と、革新的な研究に至った経緯や裏話について、ナノ医療の権威である(公財)川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター長(東京大学名誉教授)・片岡一則氏に語っていただいた(全3回)。


 


遺伝子治療よりも安価で安全なナノマシン治療


――先生の目指す究極のナノマシンとは何ですか?


まず、身体に優しくて、害がなく、気軽に使えるものですね。そして、病気になっていない段階、あるいは病気の初期の段階で、適切な処置ができるように機能するということも重要だと考えています。


さらに、再生医療などにおいて、まず人間の体内にある幹細胞をもう一度元気づけてあげることも必要です。


たとえば、ひざの関節が変形して歩けなくなる「変形性関節症」という病気があります。この病気は最終的に軟骨が無くなってしまうために、再生医療では軟骨細胞の移植が必要で、非常にお金がかかります。


一方、ナノマシンDDSを使えば、細胞内でタンパク質をどんどんつくる「メッセンジャーRNA」というものを軟骨細胞に入れて、軟骨組織を再生させるいうことも可能です。遺伝子治療に比べて、安全性も高いといえます。


 


再生医療の大衆化」を目指す


――外部の細胞を使わない再生医療が可能になるんですね。


私は、細胞を使う再生医療も、ナノマシンDDSによる治療も、両方ともに世の中のためには必要だろうと考えています。なぜなら、私たちが目指しているのは、「再生医療の大衆化」だからです。


二つの方法の関係は、クルマにたとえれば、F1カーと大衆車の関係に似ているかもしれません。F1で限界の技術を試して、それを量産車に載せることによって、クルマ全体が進歩しているわけです。


それと同じで、再生医療が本当にメジャーな治療法になるには、細胞を使う再生医療=“F1”だけでは限界があります。一般の方が利用できるナノマシンDDSによる大衆的な治療も必要でしょう。


これは再生医療に限らず、「いつでも、どこでも、誰でも、最先端医療を適正な値段で利用できる」という経済合理性を伴わなければ、医療全体のパイは広がっていかないと思います。



『ナノマシンDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)』の模型。


 


世界中の人々が最先端医療を受けられる未来


――ナノマシンDDSが進化すれば、貧しい国でも使えるようになるというわけですね。


そうです。現代では、経済的に貧しい国でも、誰もがインターネットを通じて最先端の医療情報にアクセスできます。それらの国のひとたちが本当に望んでいるのは、最先端医療を安価で受けることです。


だからこそ、私たちは「最先端の医療を、なるべく低価格で、できるだけ多くの人に使ってもらいたい」という想いで開発を行っています。そして、それを実現させるのがナノテクノロジーで、ナノ医療なのです。


――ナノマシンDDSの進化は、先端医療の普及を推進して、世界中のひとたちのクオリティ・オブ・ライフ(QOL)にもつながっていくんですね。


そのような、世界に通用する医療技術を開発してきたいと思っています。そのためにも、私たち日本の医療関係者は、日本のモノづくり技術による質の高い医療を、適正な値段で提供する必要があるでしょう。



 


学問の枠を超えた“意外性”があるから面白い


――先生にとって、現在の研究で面白い点はどういったところですか?


いろいろと予期せぬ結果が出てくるという“意外性”ですね。


たとえば、私たちがナノマシンのサイズを精密にコントロールできる技術を確立する過程で、「がん細胞にたどり着くためには、粒子のサイズが非常に重要だ」とわかりました。


逆に言えば、「生物というものは、細胞レベルで、驚くほど精密にサイズ認識を行っている」ということがわかったということです。


これは、言わば、生理学の領域です。「薬を患部に送る」「病気を治す」という明確な目的を持って応用研究を行っていたナノマシンDDSを通じて、生理学という基礎的な分野の発見ができたわけです。


こういった観点から見れば、「将来的には、体内を探検するナノマシン・プローブ(探査機)を使って身体の中の隅々まで探検できて、いままではわからなかった生理現象を見つけることができるかもしれない」といった未来への希望も広がります。


そうなれば、いずれは、ナノ生理学という学問分野ができるかもしれません。


 


役に立たない研究なんて存在しない


――基礎研究を追求した先に、応用研究があるというわけではないのですね。


基礎研究だけを行っていれば応用にまでどんどん進でいくかというと、必ずしもそうではありません。


そして、応用を目指していた研究の過程で不思議な現象や面白いものが見つかって、それを「何だろう?」と突き詰めていった結果、予期しなかったような偉大な法則が発見されるといった波及効果はよくあることです。


――ペニシリンやダイナマイトなどもそうですよね。


そうです。だから、役に立たない研究なんて無いんですよ。問題は、「どのようなモチベーションで取り組むか」ということです。



 


歴史の研究者や弁護士を志したことも


――先生は長年にわたってさまざまな研究をされてきましたが、子どもの頃から研究好きな科学少年だったのですか?


いえ、子どもの頃はあまり物事を深く考えないタイプで、昆虫採集が好きでした。


ただ、私自身は忘れていたことなのですが、小学校の卒業文集の『何十年後の自分』という作文に「がんの研究者になる」と書いてあったんです。これは、私の結婚式のときに小学校の担任の先生が作文を読んでくれたことで気づきました。


――ご自身でも覚えていなかったんですか?


覚えてないんです、興味の対象がよく変わるので(笑)。


高校時代は歴史の研究者になりたいと思ったり、大学は法学部に入って弁護士か役人になろうと考えていたり、いろいろなことに興味がありました。


結局、高校の担任の先生に「社会の役に立つことをやれ」と言われて、高校3年になるときに理科系を選んで、東京大学の理Ⅰに進学しました。


もともと生物が好きでしたから、大学の教養課程でも生物学を選んで、生物に関わり合いがある勉強をやりたいなと思っていました。


 


バイオマテリアルという新しいテーマに導かれた理由


――でも、最終的には生物学に進まなかったのですね。


生物には興味がありましたが、生物の仕組みを調べるといった生物学よりは、モノをつくる、つまり分子をつくる化学に興味があったんです。結局、化学をベースにしようと考えて、生物とも関係のある高分子を選びました。


――それで、化学を学んでいるうちに「これは面白い!」と思われたんですか?


そうですね、大学院に進んだ頃には化学分野の研究者になりたいと思っていました。そして、大学院の修士課程では、生物にも医療にもまったく関係のない高分子化学の基礎研究を行っていました。


――その後、どうして医療分野に携わることになったのですか?


博士過程に進むときに、所属していた鶴田研究室の鶴田禎二先生に相談したところ、「医療に役に立つ高分子材料をテーマにしたら?」と打診されたんです。


おそらく、鶴田先生は、「生物に関わりのある高分子をやりたい」という私の気持ちを知っていて、鶴田研究室にとっても新しいテーマだったバイオマテリアルの研究員として白羽の矢を立ててくださったのだと思います。



どうして、いまさら医療の研究なんかやるんだ?


――それで結局、生物学の奥の奥の部分に携わることになったのですね。


そうなんです。しかし、現在の研究は、生物の研究にも関係はありますが、生物そのものを研究しているわけではなく、やはり根底は化学で、モノづくりなんですね。


「材料の機能として、生体内での働きを目指す」というのが、現在の私の研究の方向性になっています。


――化学から医療という異なる分野に転身されたときの、周囲の反応はいかがでしたか?


当時の化学者のセンスとしては、「どうして、いまさら医療に関係あることなんかやるんだ?」という反応が多かったですね。


ただ、私は一つのことにとらわれるのが嫌で、エスタブリッシュ(確立)されたことよりも混沌とした分野をやることに興味があったので、自分としては違和感がありませんでした。


 


サイエンスの研究と歴史研究の共通点


――視野が広かったからこそ、「化学や工学の側の観点から、医学・薬学のデリバリーシステムをつくる」という逆転の発想ができたということですね


結果的には、そう言えるかもしれないです。もし、一つのことにこだわる原理主義者だったら、たぶんこのような多岐な分野にわたる研究はできなかったと思います。


――もしかしたら、高校時代に興味があった歴史学者になっていた可能性もあるわけですね。


そうかもしれません。中学生のときから日本や世界の歴史をかなり勉強して、それから司馬遼太郎の全作品をはじめ、歴史小説は全部読みましたから。


でも私は、いまやっている研究も歴史研究に似ていると感じています。歴史の研究というのは、公式文書には書かれていなかったり、古すぎてわからなかったりするような、「ある出来事が起きた理由」を謎解きするわけです。


――サイエンスも、ある意味、謎解きですね。


そうです。どちらの学問も、過去に起こった事柄を、新たな視点で検証していくんですね。そしてサイエンスの研究では、「過去の科学者が、何を、どうやって考えたのか」など、歴史に学ぶこともすごく大切なんです。


そういう意味では、ナノマシンDDSをはじめとする先端医療分野においても、日本が長年培ってきたモノづくりの技術や意識を持ち続けながら、今後さらに進化させていくことが非常に重要だと思います。


 


【取材協力】


片岡一則●工学博士。東京大学名誉教授・政策ビジョン研究センター特任教授。公益財団法人川崎市産業振興財団副理事長・ナノ医療イノベーションセンター長。1950年、東京都生まれ74年、東京大学工学部卒業。79年、東京大学工学部博士課程修了。東京女子医科大学助教授、東京理科大学教授などを経て、1998年より東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授に就任。2004年より東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター教授を併任。2016年東京大学の定年退職に伴い、現職に着任。日本バイオマテリアル学会賞(1993年)や、ドイツで最も栄誉あるフンボルト賞(2011年)、江崎玲於奈賞(2012年)、高分子学会高分子科学功績賞(2014年)など、受賞多数。


【関連記事】


第1回:人間の体内を自由に動き回る、究極の「マシン」【前編】


第2回:「体内病院」を誰もが持つ未来がやってくる!?【中編】


第3回:「F1カー」だけをつくっていても、医療は進化しない 【後編】


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